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自己紹介

 私は幼少期から18才まで静岡県の伊東市で過ごしました。伊東市は伊豆半島の東部にあります。横浜から在来線の特急で1時間半程度で行くことができます。関東からアクセスが良く、程よい田舎を感じる観光地です。海岸線には干物屋がたくさんあります。その場で食べさせてくれるお店もあります。温泉地でもあり今も所々に銭湯があります。先日、帰省して近所の方と話してたら、地元の人は銭湯70円で入れるそうです。ちなみに大田区は460円です。
 
 2002年に理学療法士の免許を取得して総合病院と整形外科クリニックに勤務していました。整形外科のリハビリテーション業務を行うなかで体表から骨や筋肉を触る「徒手療法研究会」に参加するようになりました。
 ここでは2人1組となり「うつ伏せ」か「あお向け」、「横向き」になり身体を触り骨の輪郭や筋肉の走行を水性ペンで書くという練習をしました。筋肉がどこからどこに付いているというのは学生時代に習いましたが、実際に触って分かるかというのは別問題でした。間違っている部分はバイザーの先生に教えてもらい、一通りの筋肉や骨を触るトレーニングができました。ペアになる人は毎回別の人で、筋肉を触られるのも「何か痛いなぁ」という人と「そんなに痛くないなぁ」という人がいて、触り方も気をつけないと、と思い今でも気を付けるようにしています。ここで筋肉を治療することを学ぶわけですが、患者さんの治療で筋肉の硬さが取れる人と上手くいかないケースがありました。「鍼ができればもっと救える人がいるかもしれない」そういう気持ちが強まり、鍼灸の専門学校に2011年入学しました。その時34才でした。
 学校は大宮にある呉竹医療専門学校で授業を受けました。東洋医学の基礎や経穴の授業は新鮮で、楽しく授業を受けていました。授業は午前中で終わり、午後は療法士としてアルバイトをしていました。学校は試験が多く、解剖なんかは進むスピードが早かったため、現役生はよくやっているなぁと思っていました。授業のカリキュラムは主に国家試験に合格させることが目的の内容で占められていました。これは理学療法士でもそうでしたが、実際に臨床でどういう治療をするのか、ということは自己研鑽で身に着けるしかないのが現状です。
 卒業後は経絡の授業で教わったウ先生という中国人の先生が東京の赤羽で開業していると聞き週に2,3日研修させてもらうことになりました。先生は吉林省出身で来日する前は中国の大きい病院で中医師として勤務されていました。中国では薬を投与したくても高齢のため、副作用の関係で投与できない時に鍼灸の出番がくることが多かったようです。ウ先生からは治療の知識だけでなく、問診の仕方、休み時間の過ごし方など細かい部分まで丁寧に教えていただきました。
 1年半研修させてもらった後、私は埼玉県和光市で鍼灸治療院を始めました。和光市は板橋区のすぐ西側にある都市で、電車は東武東上線、副都心線、有楽町線と3路線通る便利な場所でした。そんな訳で人口増加率は県内でもトップクラスでした。
そして2019年1月に、実家へ帰るのにアクセスが良い場所をと思い現在の場所へ移転しました。
 
【プロフィール】
2002/4~2003/3 掛川市立総合病院(現 中東遠総合医療センター)勤務
2003/4~2005/9 やはぎ整形外科クリニック 勤務
2005/10~2011/2 あいづ整形外科リハビリテーションクリニック 勤務
2011/5~2012/3 リハビリテーションクリニック社 勤務
2014/3 呉竹医療専門学校 卒業
2014/4~2015/9 ウーさんの中医鍼灸院 研修
2016/5~2018/10 大地リカバリー治療院 代表
 
【趣味】
登山、ロードバイク